【ソマティックの実践を深める】第1回 「全体性」を深める(ホリスティック医療・後編)

CASE① 水平的成長と垂直的成長、一人ホリスティックとチームホリスティックで全体性は高まる

降矢英成(ふるや・えいせい)

 

赤坂溜池クリニック院長。日本ホリスティック医学協会常任理事。日本ソマティック心理学協会常任理事。1959年生まれ。東京都出身。

東京医科大学在学時に、ホリスティック医学に興味を持ち、LCCストレス医学研究所心療内科帯津三敬病院勤務を経て、丸野医師と赤坂溜池クリニック開院。ホリスティック医療実践の医師の先駆けとして、ホリスティックの普及に尽力。医療従事者や心理士、セラピスト、ボディワーカーなどに向けた教育プログラムも提供。1/14(土)よりドクター・ニダ・チェグナサング氏による「現役チベット医によるチベット医学入門 連続講座」を開講。(1/14、2/11、3/25、4/15 各土曜日) http://holistichealthinfo.web.fc2.com/202301_Tibetan_med.pdf


前編はこちら

全体性は水平性と垂直性の二軸によって高まる

降矢 前編でもお伝えしましたが、臨床で全体性を意識するときに役立つものの一つが、アメリカの思想家であるケン・ウィルバーが創始した「インテグラル理論」です。

この理論の一つである「四象限」は、物事の全体を見るときに役立ちます。

 

ーー「四象限」は内面、外面、個、集合(集団)の四つの窓から物事を見る手法ですね。

 

降矢 そうです。この四つの視点からものを見ることは有効ですね。例えば、患者さんから悩みを聞いたときに、四象限を使って、原因はこの4つのうちのどれに当たるかを推測したり、関係性を考えたりすることができます。

 

また、インテグラル理論には、物事の成長を「水平性」と「垂直性」という二軸から見る方法もあります。水平は「量的な成長」を、垂直は「質的な成長」を意味します。

 

 

降矢 例えば、社会課題を解決するために「コミュニティを広げる」という方法があります。これは水平的な成長です。NPOやボランティアなど、コミュニティをつくってつながることに尽力している人はたくさんいますよね。

しかし、水平的にただコミュニティを広げればいいかというと、そうも言えないと思うのです。

もちろん、仲間をつくるのは大切です。しかし、集まる人たちが自主的に学ばないまま低いレベルで話し合っていても、問題は解決しにくかったりします。下手をすると、感情論ばかりで、揉め事になることさえあります。

 

課題解決やプロジェクトを進めるには、水平性(コミュニティを広げる)だけでなくて、垂直性も必要です。垂直性とは俯瞰であり、「レベル」を上げて、さまざまな視点から物事を統合的に見ていくことです。

 

インテグラル理論では、成長のレベルを次のように表しています。

 

 

降矢 このレベルは、単に低いレベルが悪くて高いレベルが良いわけではなくて、低いレベルから高いレベルまでさまざまなレベルを包括していくことが重要だとしています。

 

ーー例えば、「レベルが高いほうが素晴らしい」と解釈してしまうと、インフラレッドの「古代的」よりも、オレンジの「合理的、理性的」が正しくなりますが、実際はどちらも大切ということですよね。

 

降矢 そうです。ホリスティック医療で言うなら、伝統医学はインフラレッドやマジェンダ、レッド、現代医学はオレンジのレベルに位置します。しかし、伝統医学が間違っているかというと、必ずしもそうではありません。伝統的な健康の知恵が効果的なことも多々ありますし、オレンジのレベルである現代医療が良いこともあります。

どちらの次元も取り入れて、取捨選択していくことが大事なんです。

 

単に知識や技術を獲得するだけが医療者やセラピストとしての成長ではありません。

水平性と垂直性の二軸が合わさってこそ、ホリスティックに近づけると思っています。

 

医師も治療家も治療のスキルだけを学びがちなところがありますし、社会的な視点が欠けている人も一部います。でも患者さんは社会の中で困っているわけですから、社会的なことも学んで視点・レベルを上げていき、全体性をもって世の中を見ていかなくてはいけないんですよね。

 

ーー他に、ホリスティックを学べるものについてもう少し詳しく教えていただけますか?

 

降矢 例をあげるなら、エドガー・ケイシーのケイシー療法もおすすめですよ。ケイシーはリーディングが有名なので「スピリット」の範囲のケアだと思われていますが、身体的なケアもあって、私も参考にしているものがあります。

 

ボディ・マインド・スピリットの要素が統合された伝統医学

 

降矢 その他に、現在私が夢中になっているのがチベット医学です。

スピリットの学びもありますし、生活習慣とか食べ物のとり方も指導しますし、薬(薬草)も出すし、ヨガなどの身体のセルフケアもしっかりとやります。チベット独自の経絡的なマッサージもあるんですよ。とてもホリスティックですよね。

 

ーーチベット医学は世界的ブームになった「チベット死者の書」が有名ですよね。

 

降矢 そうです。同じ系列のものにアーユルヴェーダや東洋医学もありますが、「スピリット」の部分が少し弱いと感じるんです。チベット医学はボディケアだけでなく、心の修行もしますし、スピリットも含めて人間を見る医学なので、ぜひ学んでいただきたいですね。

 

チベット医学で教えるスピリットの癒しは非常に難解ではありますが、学ぶだけの価値はあります。日本人の良くないところは、分かりやすいことしか勉強しないことです。

 

ーー私たちは何の知識もない時から、「胡散臭い」といって未知のものをすぐ排除する傾向はあるかもしれません。

 

降矢 人間のからだには科学では説明できない部分があるのに、そこを無視して軽んじて治療しようとすると、結局、真髄が抜けてしまうのですよ。

伝統的なチベット医学は、密教体系も含めて患者さんを指導しています。

 

本来のチベット医学をしっかりと実践しているのが、私が講座をオーガナイズしているドクター・ニダです。彼は、診療に薬草を出しながら、振動療法的なマントラを使ったり、ツボのマッサージもしたりしています。

 

からだの学びだけでなく、こころの学びも

降矢 それから、ソマティックを極めていこうとするなら、やっぱり心理の基本ぐらいは知っていないと少し足りないんじゃないかなと私は思うんですよね。このことは、ボディワーカーの方にもお伝えしたいところです。

 

ーーそうですね。

 

降矢 身体感覚による気づきももちろん必要です。ただ、現場で患者さんを診ていると、それだけでは話が済まない方はたくさんいるんですよ。

自律神経などから心を整えるアプローチもありますが、人間の深い部分まで癒しているかというと、絶対にできている、とはいえないところはあると思います。

 

ーー身体感覚だけでなく、認知も一緒に使って人を癒すアプローチも大きな成果をあげていますよね。もちろんソマティックの場合は、からだありきですが。

 

降矢 「ホリスティック」「ソマティック」と言うのであれば、心理のこともある程度学ぶのは当然だと思うんです。逆も然りです。専門職のレベルまでいけないのは仕方ない。けれど、何も知らなくていいわけにはいかないです。

 

もちろん、一人でできることには限界があって、自分の手に負えない場合は、別の専門職の方と連携してもいいでしょう。

ただ、連携するにも、「自分ではできない、やらないからそれで終わり」ではなくて、「このケースは心理の専門家が行うといい」と理解できることに意味があります。「あなたの場合は、心理カウンセリングにも行ってみるといいですよ」とクライアントさんにアドバイスできますよね。

 

ーーたしかにそうですね。

 

降矢 身体のことだけでなく、心理も勉強している人は、「自分ができるのはここまで」と分かる人です。だから、クライアントさんに対してやりすぎないし、何もやらないわけでもない。勉強していないと、適切な専門家を紹介したり連携したりすればいいということすら分からなくなります。

一人ホリスティックとチームホリスティック

ーー全体性を臨床の中で実践するには、チーム医療や、連携してケアするのは必須なのでしょうか。

 

降矢 必須ではないと思います。私はよく、「一人ホリスティック」と「チームホリスティック」という言葉を使っています。

 

「一人ホリスティック」は、まず一人ひとりが、自分自身のホリスティックな視点を持つ必要性があるという意味です。インテグラル理論でもお話ししましたが、俯瞰した視点を持てないまま、ただみんなで集まってもあまり意味がないのです。

最初は自分で、自分が納得できるボディ・マインド・スピリットの見方などを深く考えていくことが大切です。それが一人ホリスティックです。

 

また、医師や治療家の中には、「コミュニケーションや連携は苦手だし、煩わしいので、自分ひとりでやります」という方もいます。それでいいです。一人でホリスティックを実践するには限界はあって、治療やケアができる範囲は広くはないかもしれないけれど、「その人なりのホリスティック」を実践できる良さもあります。

 

ホリスティックはチームでやらなければいけないという考えは、少し危険です。チーム医療は広がりはできるけれど、深まりや高まりがあるかは別の話なんですよ。「船頭多くして船山に登る」ということわざもありますよね。

私のクリニックには、私以外の治療家もいて一緒にやっていますが、高みや深みをなくしてしまったら単なる寄せ集めです。寄せ集めはホリスティックではありませんので。

 

ーー専門家同士の勉強会など、高めあう何かがあるといいですね。

 

降矢 良いかもしれませんね。お互いに意見交換する中で分かってくることもあるでしょう。

ただし、何を「勉強」するのかと考えた場合、お互いの技術を知るだけではなく、人間の成長などを視点に入れた交流でないと、あまり意味はないのではないでしょうか。

皆で集まるなら、「高みを目指してのボトムアップ」が必要です。まずは個人個人で自己研鑽に励むことです。

 

ーーそしてホリスティックを実践するときには、しっかり真面目にやっていく。信頼できるものを提供していく、と。

 

降矢 はい。ホリスティックな考えを理解できない人たちがいるのはしょうがないです。理解してもらえないからといって、その方たちを責めませんし、自分のことを否定する必要もありません。

ホリスティック医療が良いと思う人は他にもたくさんいますから。そこにちゃんと全力投球していけばいいのです。

考えの押し付けはいけないし、それこそ全員が同じ考えだったら怖いですよ。

 

ーー洗脳みたいに。

 

降矢 そう。全体性じゃなくて、「全体主義」になってしまいますから。

 

ーー世界は一つだから皆でつながろうという考えが強くなってしまうと、逆に「同調圧力」にもなりそうですね。

 

降矢 理解し得ない人もいることを含めての全体性です。

ケンカする必要はないけれど、違いを理解し合えばいいだけです。ムリをして、表面だけ仲良くしても何にもなりません。

 

これからも、私は私の道で、良質なホリステック医療を隠さず、真面目に、真摯な姿勢でしっかりと普及していきたいと思っています。

 

ーー今日は本当に、ありがとうございました。

 

(インタビュー担当/半澤絹子) 

 

(終)