【ソマティックの実践を深める】第2回 「全体性」を深める(東洋医学・前編)

本宮輝薫(もとみや・てるしげ) 「心身一体療法研究所ルーエ」代表。NPO法人日本ホリスティック医学協会理事。自身の不調から心身一体の治療の必要性を実感し、治療家の道へ。現在、鍼灸、アロマ、心理カウンセリングなどを使った心身統合のセラピーを30年以上に渡って提供。著書に『真気の入れ方と邪気の抜き方ー色彩・言葉・形が気を動かす』(コスモスライブラリー)など。「全体性」や「空」の概念、ユング心理学に関する講義も開催。

薬が効かないほどの不調を経験。「心身の哲学」から「心身の実践」の道へ

ーー本宮先生は「心身一体療法研究所(東京・下北沢)」を立ち上げて、30年に渡って「全体性」を重視した心身統合のセラピーを実践されています。先生が治療家になった経緯を最初にお話しいただけますでしょうか。

 

本宮 モーリス・メルロ=ポンティ(※1)という人の名前を聞いたことはありますか? 「身体」を哲学の主題に取り上げた最初の人です。

身体性を扱う哲学は他にもあるんだけど、本格的に、身体を哲学したのが彼なんですね。

 

もともと僕は大学で、メルロ=ポンティの哲学を勉強していたんです。なので、僕にとって「心身合一」というのは当たり前だった。ただしそれは「僕の頭の中」だけでね(笑)。大学で勉強してるときの僕は、脳みそだけで心身合一しようと頑張っていたわけです。

 

そのせいで、次第に僕の身体はその状態に拒絶反応を起こしはじめました。24、25歳の頃です。大学生の頃から体調がすぐれなかったんだけれど、大学院に入ってから体調がどんどん悪くなっていってね。精神的にどんづまりだし、恋愛もうまくいかなくて、身体が過敏になり、お酒だけでなく、コーヒーや紅茶も飲めなくなりました。

 

※1 フランスの哲学者(1908-1961)。身体は、物質と精神の両方に属する「両義性」を持つことを唱えた。『知覚の現象学』などを執筆。

 

ーー大変だったのですね。

 

本宮 漢方の専門医に診てもらって漢方薬も飲んでみました。でも、うまく効きませんでした。

ヨガの本に「肝臓にはハブ茶がいい」と書いてあったので、それを煎じて飲んだら良くなったんだけど、調子にのって、酒とタバコ、コーヒーを再開したら、また一気に悪くなった(笑)。今度はハブ茶を飲んでもダメでしたね。

 

それで、医者に5、6軒も行きました。だけど、処方された薬を飲むと手が震えてきて死にそうな気持ちになってきた。全然効かない。

それで、「これはもうダメだ」と僕は腹をくくりました。「自分で治すしかない」と決意したんです。

 

ーーそれが、先生が治療家になったきっかけなんですね。

 

本宮 とはいえ、「自分で治すってどうすりゃいいんだ」と頭を抱えましたよ。食事療法としてハブ茶を飲んだりはしたけれど、他に何があるんだろうと。そこでヨガを始めました。

令和の現代はストレッチや体操のようにいろいろな方法があるけれど、40年前の当時は、ヨガしかなかったんですよ。

 

そうしてヨガを始めたらすごく元気になってね。精神的にうつ気味でもあったんだけど、それも良くなっていきました。「こんな良いものはないな、もっとこれを勉強しないと損でしょう」って思いましたよ。

「『心身合一』とメルロ=ポンティが言ったって、それはただの理論で、実践がないじゃないの」と。一方、ヨガは実践的で、三千年、四千年の智慧があるんですから。すごいですよね。

 

その後、僕はヨガ哲学も勉強して、大学院に行きながら鍼灸学校にも通って。そこで古典鍼灸を学びました。当時はまだ横田観風(よこた・かんぷう)先生や伊藤真愚(いとう・しんぐう)先生という古典鍼灸の素晴らしい先生がいたんですね。そこで気の感覚を習いました。

 

また、東洋医学には陰陽五行論があって、さらに、五臓と精神の状態が関係するとも知った。「ああ、人間の心と身体というのは、とことん相関関係にあるんだ」と納得して、臨床心理学も学び始めました。

 

ーー学んでいる頃から、ソマティックの必要性を実感されていたわけですね。

 

本宮 そうそう(笑)。ソマティック心理学が日本に紹介されたのは、今から10年ちょっと前だけど、実は僕は昔からそれをやっていたんですよ。

ソマティック心理学の源流にあるヴィルヘルム・ライヒ(※2)の「筋肉の鎧」のことも知って、アレクサンダー・ローエンのセラピー(※3)も勉強しましたしね。僕にとって、基礎理論がメルロ=ポンティ。実践理論は、ヨガや東洋医学、臨床心理学になります。

  

いろいろなことを学んで、結論として出たのは、「身体からこころ」「こころから身体」の双方からアプローチするのが一番良いでしょう、ということでした。

 

それで、33、34歳頃に「心身一体療法研究所 ルーエ」を立ち上げました。以後30年、心身統合のセラピーを実践しています。

 

※2 オーストリアの医学博士(1897-1957)。精神科医。呼吸などの身体の動きに、人の心理状態が現れるという概念を打ち立て、以後のソマティック心理学の確立に大きな影響を与えた。

※3 ヴィルヘルム・ライヒの弟子。ボディ・サイコセラピー「バイオエナジェティクス」の創始者。

全体性といっても、実践の場合はアプローチは局所的になる

ーーそもそも「全体性」を理解するのは、実践(臨床)において大事なんでしょうか。

 

本宮 そりゃ大事ですよ。

 

ーー今さらですが、企画として合っていたのかなと不安になりまして。解剖学や生理学に基づくケアや治療を実践されている方にとっては、「全体性」というのは単なる理屈で、こういった話は不要なのかなと。

 

本宮 少なくとも、古典鍼灸(『黄帝内経』などの古典の東洋医学に基づいた鍼灸の一派)の人たちは全体性を深める重要性はわかっていますよ。

 

ーー「全体性を実践する」って考えたときにすごく難しいんじゃないかなと思って。「全体性」って相手の何を見れば全体を見ることになるんだろう?と。

 

本宮 実践でいうなら、まずは身体から心に対してどれだけの影響があるか。

同時に、その心理的な問題が身体に対してどれだけ影響があるか。その辺をどう見極めるかですよね。

僕の場合は、クライアントさんの状態を一つひとつ診断していって、その人にとって必要なことを順序良くやっていくわけなんだけど。

 

ーーソマティックでは「からだとこころは切り離せない」とよく言いますが、実践の際は、「からだ」があって、「こころ」があって、どちらからアプローチするかと考えると良いのでしょうか?

 

本宮 そうですね。心と身体は統合しているって言うけど、それはあまりにも抽象的なんですよ。実際には、クライアントに対する働きかけは局所的になってしまいますね。

 

ーーそうなんですね。

 

本宮 いっぺんに全部はできない。大事なのは、治療する側が「どれだけ全部見通してるか」ということですね。

クライアントの問題が、生活習慣から来てるのか。心理的な問題から来てるのか。あるいは両方か。

 

ーー全体性を実践するときに、まず大事なのは、見立てなんですね。

 

本宮 僕は、見立てが一番大事だと思っていますね。

全体は「流れ」と「バランス」によって成立する

ーーでは、クライアントさんを見立てる際に、本宮先生は何を見ていらっしゃるのでしょうか。

ボディワーカーであれば、クライアントさんの身体をより精密に把握するために解剖学や生理学などを勉強しますよね。心理士であれば、発達心理や脳の仕組みとか。

 

本宮 全体性というと、「自分のこころとからだ」という【ミクロ全体(ミクロコスモス)】と「自分と環境」という【マクロ全体(マクロコスモス)】があるでしょう。

まずはミクロ全体の話からしましょうか。

ーーはい。

 

本宮 クライアントの全体性を見て、心身統合をすると考えたときに、「流れ」と「バランス」を見る方法があります。

 

仮に、あなたが実践しているのが、リンパドレナージュだとしますよね。そうしたら、あなたはリンパドレナージュを使って、クライアントさんの「流れ」と「バランス」、どちらを整えていますか?

 

ーーリンパドレナージュだったら「流れ」でしょうか。

 

本宮 そうだよね。リンパドレナージュはどちらかというと「流れ」を見て整えるよね。

カイロプラクティックであるならば「バランス」だよね。骨格の歪みを見て、整えて、バランスを良くしていく。

 

流れを良くすると、バランスが整う。バランスを整えると流れが良くなる。

この2つは相互関係にあるので、自分は今、クライアントの「流れ」と「バランス」のどちらを見て、バランスを整えながら流れを良くしているのか、流れを良くしながらバランスを整えているのか。どちらであるかを最初に理解しましょう。

 

次に、この図を見てみてください。東洋医学の陰陽五行論です。

本宮 人間の臓腑には、上の図にあるとおり、肝、心、脾、肺、腎という5種類の気があって、身体の中を流れています。この五つの気はお互いに活かしあったり抑制しあったりして、健康を維持しています。肝、心、脾、肺、腎の流れが良くてその強弱が適切だと、バランスが良くなるわけですね。

 

これを見て、どう思いますか?

 

ーーう〜ん…。どれか一つが欠けるだけでも、流れとバランスは成立しないですね。

 

本宮 そう。これを見ると、「全体」は、流れとバランスがあって成立しているのがわかる。

つまり、全体というのは「関係性」でできているんですよ。

僕たちがクライアントさんを治療したりケアしたりするときに行っているのは、何かの「部分」を良くしているんじゃないんですね。アプローチは部分かもしれないけど、やっていることは、「関係性としての全体」の流れとバランスを整えていることなんです。

 

ーーなるほど!

 

本宮 これは、鍼灸や指圧に限りません。皆さんもいろんな技術をお持ちですよね。

自分がどんな風に流れとバランスを整えているかを整理してみてほしいですね。

「全体性」というのは使えるんですよ。

 

ーー例えば、自分がアロマトリートメントと骨格の歪みを軽減する整体の技術を持っているとしますよね。そうしたら、トリートメントで流れを、整体で歪みを整えて、全体を整えていく、ということになりますね。

 

本宮 そうそう。メンタルに働きかけるセラピーをしている人は、それによってからだの流れとバランスにどう影響があるか考える。気持ちがラクになったら自律神経のバランスも整うでしょう。そうしたら、血流も良くなって、流れも整いやすくなります。

 

ーー心と身体をつなげると考えたときに、「流れ」と「バランス」という2つのキーワードがあるとわかりやすいんですね。

 

本宮 そうすると、おのずと「心身全体」が整うわけです。「心と身体を整えましょう」じゃなくてね。別々じゃないんです。

 

ーーそして、東洋医学の流れとバランスの理論は、他のメソッドでも応用できるということですね。

 

本宮 そうですね。そこまで見通してセラピーをしたら、結果は変わってきますよ。

 

ここまで、「こころ」と「からだ」というミクロ全体の話をしてきましたよね。

多くのメソッドで到達できる「全体」というのは、人間の心身というミクロ全体です。

だけど、個人の心身だけじゃなくて、自然や宇宙と含めて見ないと、厳密には「全体」にはなりません。

ただ、マクロ全体まで見通すには、相当な見識が必要になりますが(笑)。

 

ーーそうですよね。一生かかっても見通せないですよね。マクロも、いろんな定義や解釈がありますし。

 

本宮 宗教、哲学によって全く違いますからね。

 

ーー正直言って、「マクロ全体まで見るメリット」ってあるんでしょうか?

 

本宮 ありますよ。マクロは環境ですから。クライアントさんが住んでいる環境って、健康や幸せに関係するでしょう。家族や会社、土地の環境。そういうのも頭に入れて、クライアントさんに対応するかしないのかで、結果は全然違いますよね。結果だけじゃなくて、相手との信頼関係にも関わります。

 

ーー確かにそうですね。例えば、アロマテラピーなどは周りの環境も整えるセラピーでもありますよね。ミクロにしろ、マクロにしろ、どこまでクライアントにアプローチできるかは、限界はあるとは思いますが。

 

本宮 限界はあるんだけど、その人の構想力がどのぐらいまで広がっているかによって、深みは出てきますよ。

 

例を挙げるならね、手の親指と人差し指の間のくぼみに、合谷(ごうこく)っていうツボがあるでしょう。

本宮 合谷のツボを普通に押してみる。これが1つ目。

 

ーーはい。

 

本宮 2つ目に、合谷は「眼」と「大腸経」に関係するから、ここのツボを押すと身体全体が変わると思って押す。

 

どちらが効果があると思いますか?

 

ーー後者ですよね。

 

本宮 そう。全然違うでしょう。「ただ何となくツボを押す」のと、「合谷は大腸と関係していて、大腸は肺とも関係している、そして肺は悲しみと関係しているから、悲しみのストレスも減るかもしれないと思ってツボを押す」のとでは、結果が全く違うんですよ。

 

ーーまさにつながり、関係性ですね。また、レンガ職人が自分の仕事は「壁を積むことだ」と思っているのか、または「壁をつくっているのか」、あるいは「教会をつくっている」と思うかということにも通じる話だと感じました。

 

本宮 ただ、これができるようになるには、知識と経験をどれだけ持っているかによりますね。知識がないとできないんだけど、実践も積み重ねていないとできません。

 

 (インタビュー担当/半澤絹子)

 

後編「こころとからだをつなぐ『気』」に続く