【連載】未来の「場」のつくり方 第4回 前編

「からだ」を入口として、人の心身の健康を育む「ソマティック」。これまでのソマティックワークは、現場での体験を前提に実践されてきました。しかし、2020年の現在、新型コロナウイルスの世界的な流行により、オフラインの活動からオンラインに切り替えるボディワーカーやセラピストなどが増えているようです。

 

漢方医の中田英之先生もまた、漢方診療や主催のワークショップをオンラインに切り替えて活動を行っています。中田先生はその中で、「『ソマティックとは何か』を見直し、オンラインに治療やセラピーが入り込むようになった意味を皆で考える必要がある」と考えるようになりました。

 

中田先生は、10月7日(水)に開催する、ソマティック・ウィークの夜のZoomイベントに登壇され、「ソマティックの捉え方」や「ソマティックのオンライン教育」についてお話しいただきます。今回のインタビューでは、イベント開催の経緯や「これからのソマティック」に関する想いを伺いました。

非日常が消えたアフターコロナの世界で〜「ソマティック」の再定義とオンライン教育のあり方〜(前編)

中田英之(なかた・ひでゆき)

 

練馬総合病院漢方医学センター長。日本産科婦人科学会専門医。日本東洋医学学会漢方専門医。防衛医科大学校卒業後、防衛庁医官として、防衛医大産婦人科、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院のほか、第六後方支援連隊にて部隊勤務を経験。現在は、漢方医であるほか、上智大では「からだ学」の教鞭をとる。健康はからだの体験を通じて学ぶ必要があるとの考えのもと、四季養生&アーユルヴェディックヨガワークショップを主催。10年来のうつ病を始めさまざまな苦痛を抱える患者を完治に導く。カトリック教徒であるとともに、奈良吉野の金峯山寺東南院にて山伏修行も行い、中先達となる。https://nerima-hosp.or.jp/

オンライン生活によって学生の体力が落ちてきている

10月7日(水)の夜の座談会で「ソマティックのオンライン教育」をテーマにお話しさせていただくことになったのは、一橋大学で体育を教えられている長谷川智先生とお話ししたのがきっかけです。「大学の授業がオンラインになり、どんどん学生たちが体調を崩している」という状況に、教師である我々は危機感を抱きました。

 

例を挙げましょう。

まず、学生たちがずっと家にいて、運動をしなくなっています。アルバイトのシフトが削られたせいで、食事の質が落ちている子もいます。オンライン授業のログをチェックすると、学生たちが夜中に講義を見ているのが分かります。これで身体が悪くならない訳がありません。また、僕が講義を行っている上智大学では、「体力がどんどん落ちて、気持ちも落ち込んできている」と、大学の健康管理室に相談が舞い込んできているそうです。

 

現在、重症化している人は高齢者が多いですが、体力がなくなった若者も体力低下という意味においては高齢者と一緒です。本来、若者は体力があるので、風邪を引いてもこじらせないものですが、ベースとなる体力がなくなったとたん、感染者が怒涛のごとく増加して、かつ長引いていく。コロナの第二波はこのようにして起こり得る可能性があります。

 

皆の身体や健康を保つために、ソマティックに関わる僕たちはいま何を伝えるべきか。その方向性を示す必要があると思っています。

10月7日(水)に一緒にトークイベントを行う長谷川智先生(一橋大学)
10月7日(水)に一緒にトークイベントを行う長谷川智先生(一橋大学)

毎日のオンラインヨガクラスでヨガ生徒の体調は劇的に改善!

まずは、オフラインからオンライン中心の生活に切り替わり、僕自身がどう変わったかを、お話ししたいと思います。

 

僕は主に、病院での漢方診療と、養生講座を主催し、また、漢方診療をクリパルヨガ教師の斎藤奏(あかな)さんのヨガクラスと連携させています。新型コロナウイルスの流行によって、それらを主にオンラインで行うことになりました。

ヨガや各種ボディワークをオンラインで行うことが全国的に増えた。
ヨガや各種ボディワークをオンラインで行うことが全国的に増えた。

オンラインによって、以前より良くなったことは沢山あります。

 

漢方医というのは患者さんの姿勢や問診票の筆跡などからも情報をとるので、僕はオンラインでも皆さんが想像する以上に詳しく心身の状態を把握することができます。遠方の患者さんや高齢で外出が不安な患者さんの多くは病院に通わずに済むようになり、漢方医学を学びたい医師に対しては、オンラインでの望診などを教えられるようになりました。

 

また、漢方診療と連携するヨガクラスがオンラインに切り替わってからは、体調が大幅に改善する生徒さんが増えました。スタジオでヨガをする場合、大抵の人は、通えてもせいぜい週1回が限度です。しかし、オンラインヨガクラスになった結果、毎日ヨガができるようになって「ヨガが日常の一部」となり、自分の心身に向き合う機会が増えたわけです。

 

この半年間、大学だけでなく、セラピストやボディワーカーがオンラインに切り替えて活動するようになったということは、ボディケアが「日常」に入り込むようになったことを意味します。

 

クライアント側にとっては、ヨガクラスはスタジオでやるものであって「非日常」であり、それだけではなかなか行動変容に至らなかったけれども、新型コロナが始まって以来、「日常」にヨガが入り込むようになった結果、生活そのものが変化して調子が良くなったわけです。そもそも自粛だからといって、身体を動かすなとは誰も言っていません。

自分の体調の悪さを放置すればさらに調子を崩しますが、オンラインでヨガを取り入れた人たちは劇的に変わることができました。

 

おそらく、ヨガ以外でも日常に関わるセルフケアは、オンラインのツールを使うことでかなり進むでしょう。日常でのセルフケアが進むと、病院でお薬をもらうことも相当減るはずです。2018年度の医療費は過去最高の42兆6,000億円だったそうです。今まで、医療費が逼迫していることが国家的な問題になっていましたが、新型コロナの影響でこの額は相当減ると思います。これは良い傾向だと思います。

オンライン化によって「支配/依存」が進む危険性も?

オンラインによって日常でケアが受けられることは、良いことばかりではありません。ケアが日常に入り込み始めたことで提供者側には大きな責任が生じます。

 

例えば、僕の診療と連携しているオンラインヨガクラスは、メンバーが50人に増え、毎日毎日、Zoom越しに顔を合わせます。ほぼ毎日会う人もいて、直接会ったことが無くても皆仲間です。

しかし、このシステムを適切に運営するには相互信頼関係がなければなりません。悪用されると非常に危険です。毎日毎日顔を合わせるのですから、指導者次第では依存関係になり、クライアントを依存させて、儲けるようなクリニックやセラピストに引っかかってしまったら、抜けられなくなります。

 

ですから、我々専門家は、日常での指導について、これまで以上に慎重に行わなければなりません。

 

僕の例でいえば、先日、ヨガクラスの生徒さん宛てに夏の養生法を教えるメールの書いていたのですが、ある原稿をボツにしました。夏の応急的処置に関する内容だったのですが、具合の悪い時に良い方法なら、普段から実行するともっと良いのではないかと考える人がいることに気が付いたからです。

 

具体的なその内容は、「夏は、梅干しなどの酸味のあるものを摂りましょう」というものでした。

実は「夏に酸味を摂る」というのは、「夏バテにて具合が悪くなった時の応急処置法」です。本来酸味のある食べ物は春の食材で、夏に摂ると毛穴をふさぎ、発汗を妨げます。魚を酢で締めると、ギュッと縮むのを思い出してください。あれと同じです。暑さでバテバテになって脱水症状などを起こした時であれば酸味は有効ですが、バテてないときに酸味をとると反って熱がこもります。本来「夏の養生法」は、胃に優しい食事をして、しっかりと休むのが基本です。

 

応急法ではなく、基本的な養生予防法を伝えるのが何より重要です。

 

東洋医学の養生に限らず、「日常のケアとして何を伝えるか」というのは、ケアに関わる私たちはよく考える必要があります。

養生では、季節による身体の変化に合わせて、食べるものや身体のケアの方法を変えていく。
養生では、季節による身体の変化に合わせて、食べるものや身体のケアの方法を変えていく。

外来診療と連携したオンラインヨガクラスでの指導内容と漢方養生指導は、生徒である患者さんが日常の中で本人が自ら考えて行っていただくことなので、月1回通って漢方薬をただもらって帰る外来とは情報の出し方、考え方が異なります。

 

ヨガ指導の内容とアーユルヴェーダによる養生の内容については、クリパルヨガ教師の斎藤先生に説明を譲りますが、患者さん自らが自分自身を観察する方法を学び、そして自ら選択することを体験する場を我々が提供していくには、指導する側が安易に答えを提供することは避けなければなりません。「便利なドラえもん」が身近にいると、人は考えなくなってしまいますよね。

 

不具合をもって病院に来て、薬をもらって良くなれば、一見、お互いにハッピーに見えますが、自己変容を伴わない薬の使用は、結局、依存を作ってしまい、本人の変容の芽を摘んでしまいます。薬剤師も施術者も上達途中の人は、便利な「道具」を使いたがりますが、結果、薬無しには生活出来なくなる。長い目で見ると、これは問題ですよね。

 

僕自身もそのような体験があるので、自戒を込めて、薬を処方する時には気をつけています。特に薬は諸刃の剣です。切れ合いの良い処方ほど危険です。

僕は漢方家ですが、今は処方は道具の一つにしか過ぎないと考えています。ですから、駆け出しの頃に比べて使う漢方薬は減りました。基本的には、それぞれが自分に最適な健康管理の方法を考えて、養生をして身体を動かせばいいと思っています。

もちろん、「薬を飲んでおけばいいや」と安易に考える患者さんも多いのですが。

 

ケアに携わる僕たちは、オンラインという新しい環境を得て、いっそう健康管理の考え方や自分自身の観察方法を教える事に関わっていくべきです。多くの人が自分を観察することについて慣れていないので、観察方法については専門家が教えてトレーニングする。

 

本人が自ら考えていくうちに、適切な解決方法が導き出されるという風になることが重要です。

 

そのようなわけで、今、僕は診療と同じぐらい、社会に養生法を広める活動を増やしています。自分の仕事(診療)を減らしていることになりますが、おかげさまで健康指導のクライアントさんはどんどん増えています。

 

(後編ーソマティックは「日常の自分」に還るためにある に続く)

  

インタビュアー/半澤絹子 2020年8月中旬 Zoomにて